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新城和博の「ごく私的な歳時記」 <1>

 首里に引っ越して20年ー。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

21年目の首里

 結婚して子育ての地を首里に選んで、20年ほどたった。
 7年ほど前に、えいやっと家を建てて、那覇で一番高い森のそばに住んでいる。どの辺? って聞かれると、「転んだら南風原…」と言ったりする。那覇と南風原と西原の境界地域なのだ。
 職場の那覇市街地には車で降りる、という感覚で、通勤途中に東海岸側の太平洋と西海岸の東シナ海が、丘の隙間からチラリと見える。雲は明らかに那覇市街よりも近く、引っ越してしばらくは、夕方の雲の流れを見るのが楽しみだった。引っ越しとは関係ないとは思うが、ビーチボーイズとジョニ・ミッチェルのCDを集め始めた。

sinjyo201501001b 森は首里王府ゆかりの拝所があり、世が世ならおいそれとは近づけない場所だったようだ。今は公園に指定されているが、時折御願(うがん)をする姿も見かける。というか、ウタキだらけの一帯はどう見ても御願所(うがんじゅ)にしか見えない。
 うちの地域の自治会の方々も年に一度はカママーイ(竈廻(かままわ)り)ということで、各世帯の安全を祈っている。引っ越して7年、いまだその御願に参加していないのは心苦しいが、家内安全のフーフダ(魔よけのお札)はしっかりもらっている。係の方がわざわざ持ってきてくれるのだ。そのおかげで今のところ家族全員健康に過ごしている、かも。

森の中。
森の中。散策するとこんな感じ。

 子どもはすでに進学で旅立ってしまったので、今は夫婦二人だけの生活となった。「初老ライフのはじまり」との心構えである。しかし子育て20年も、過ぎてしまえばあっという間であるな。子どもが幼いころは、沖縄じゅうをアマハイクマハイしていたのに、今は祭りやイベントなどで遠出することはめっきり減った。行きつけだった喫茶店もいつのまにかほとんど無くなっているし、週末にカフェというのはめんどくさいのである。
 というわけで、春から秋にかけて(要するに寒くない時期を除けば)用事のない週末は、夕方になると森に面した自宅デッキで、イスを持ち出してビールとつまみでまったりとすることが多くなった。

デッキでのんでいると日が暮れてこうなる。実は寒い時は足もとにヒーターをつけていたりする。
デッキでのんでいると日が暮れてこうなる。実は寒い時は足もとにヒーターをつけていたりする。

 日が落ちてくると鳥たちが森へ帰ってくる。鳥たちの鳴き声で森は少しにぎわう。はじめは小さな鳥たちが、チチチッチョンチョンと、せわしなくやってきて、次第に大きな鳥がゆっくりと戻ってくるようだ。鳴き声を聞いても鳥の名前など浮かばないけれど、学校帰りの小学生が練習で吹くアルト笛の音みたいな鳴き声とか、なじみの鳥の声を聴く。
 春から夏にかけてほんの一時だが、アカショウビンの特徴的なキョロロロローという鳴き声が森からする。アカショウビンが首里にいるなんて、ここに引っ越して初めて知った。

 冬の手前のころやってくるのは、サシバである。森から飛び立つ時、サシバは仲間どうしの気持ちを合わせるかのごとく、キーキーと甲高い声をあげて、ゆったりと旋回してやがて上空はるかへと消えていく。
 首里に引っ越して21年目。今年もこの小さな森を目指して鳥たちはやってくるだろうか。


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この記事のライター

新城 和博

ライター、編集者

新城 和博

1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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