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ウチナー御願ばなし<沖縄社会に見る陰暦の世界>

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 沖縄独自の御願行事、火ぬ神(ヒヌカン)や屋敷の御願などはやり方や意味が分からなくて悩んでいる人は多いはず。その由来や実践方法まで、沖縄の歴史、民族に詳しい座間味栄議さんに教えてもらい、正しい知識を身につけよう!

沖縄社会に見る陰暦の世界

望月(満月)。旧暦の5月15日(2013年 新暦では6月23日)。チィタチ・ジュウグニチの御願日である。写真提供/むぎ社
望月(満月)。旧暦の5月15日(2013年 新暦では6月23日)。チィタチ・ジュウグニチの御願日である。写真提供/むぎ社

月の満ち欠けと御願

チィタチ・ジュウグニチの火の神への御願(大宜味村塩屋)。写真提供/むぎ社
チィタチ・ジュウグニチの火の神への御願(大宜味村塩屋)。写真提供/むぎ社

 「朔望<さくぼう>」と言われてすぐさまピンとくる人、正答できる人は幸いである。
 まるで聖書の一節をもじったような駄文だが、沖縄はまさに「朔望」という言葉が生活の中で機能している社会なのである。
 朔望とは、陰暦(旧暦)の月の一日と十五日、新月と満月をあらわす。
 「朔」は「ついたち」で月立ちの意であり、陰暦の月の第1日目で新月となる。
 「望」は「もちづき」で、ミチ月の転訛<てんか>であり、陰暦の月の十五日で満月となる。
 蛇足ながら付け加えておくと、月の終わりは「つごもり」で「月籠<つきごもり>」の意であり、「おおつごもり」は大晦日(おおみそか)のことだ。
 街の明かりが仄(ほの)見え、外灯もけばいイルミネーションも無縁だった時代、月立ちの新月では一寸先は闇夜の中に溶け込み、月満ちる満月になれば月影に遊ぶことができた。
 このような何やらうさんくさい解説なんぞは抜きにしても、「チィタチ・ジュウグニチ」のひと言で、沖縄の主婦であればピンとくるであろうし、その意味するところもたちどころに了解するはずだ。
 言うまでもなく「火の神・トートーメーにウチャトゥ(御茶湯)をたて、線香をあげてウートートゥ」する御願日である。
 ここで言う「チィタチ・ジュウグニチ」とは陰暦すなわち旧暦の一日と十五で、新月と満月を指す。これが新暦では必ずしも新月と満月となるとは限らない。したがって「チィタチ・ジュウグニチの御願」は陰暦でなければならぬ、というわけだ。

新旧の暦巧みに使い

 それは、年中行事もまたしかり。沖縄の年中行事をあらわす「ウイミあるいはシチビ」(折目・節日)は、月の満ち欠けが基準となっており、朔日・弦月<げんげつ>(上弦・下弦)・望月が大切な目安となっている。それだから、沖縄の年中行事は今日でもなお、月の満ち欠けの周期を基準とした陰暦にしたがって執り行われているのである。新暦のみで事足りる本土のカレンダーと違い、沖縄のカレンダーには旧暦掲載が必須の条件ということになる。
 カレンダーには、そのほかに暦注<ちゅうれき>(大安・仏滅といった六曜や干支など)や生活便利情報が登載されている。このような情報は日々の生活に不可欠のものであり、決して付録的に盛り込まれたものではない。
 沖縄の主婦は、もろもろの御願日を旧暦付きのカレンダーによって確認し、間違いのないよう細やかな気配りをしているというわけだ。
 家庭における年中行事を含めたまつりごとの実質的な主催者である主婦は、新旧の暦を巧みに使い分け、伝統を守り継承していることになる。骨の折れることだが、実にアッパレと言わざるを得ない。

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~参考文献~
「沖縄の聖地」。東御廻り(アガリマーイ)と今帰仁上り(ナチジンヌブイ)の神ウガミと開びゃくの七御嶽の聖地巡拝ガイド。


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執筆/座間味栄議
ざまみ・えいぎ 沖縄県の歴史・民俗を中心に地方出版物を刊行する出版社「むぎ社」を主宰。主な著作に「トートーメーQ&A」「沖縄の拝所」「オバァが拝む 火の神と屋敷の御願」など。御願行事についてやさしく伝えるサイト「御願ドットコム」も運営する。http://www.ugwan.com/


毎週木曜日発行・週刊ほ〜むぷらざにて第2週に掲載中<第1358号2013年7月11日掲載>

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