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建築家と探す『地域の魅力』<狩俣集落(宮古島市平良狩俣)>

石門やフクギ群、網目状の道

『自然共生の知恵 随所に』

沖縄県宮古島市平良狩俣 東の大門
写真1/東の大門(アーヌフジャー)。狩俣自治会は独自に文化財指定をしている

狩俣集落(宮古島市平良狩俣)

 狩俣は、宮古島の北側に位置する集落。集落入り口の石門や、強風の影響を和らげる大きなフクギ群、網目状に張り巡らされた道など、生活の秩序を保ち、自然とともに生きようとした先人の知恵が随所に見られる。自らもよく足を運び、住宅設計の参考にしているという建築家の伊志嶺敏子さん(伊志嶺敏子一級建築士事務所所長)に案内してもらった。

(文・写真/伊志嶺 敏子((社)日本建築家協会沖縄支部会員))

写真2/大きなフクギ群と蛇玉道 写真3/集落の要所に現れるY字路
写真2/大きなフクギ群と蛇玉道
写真3/集落の要所に現れるY字路

 迷走した台風21号(2012年)もやっと過ぎ去り、心地の良いさわやかな風に誘われて、久し振りに狩俣集落に出かけてみた。
 石門が集落の入り口にある全国的にも珍しい集落である(写真1)。土地の古老に聞くと、集落への出入りを禁ずる日があったそうだ。畑へ出かけることも、よそから訪ねて来るのもいけない、ということであった。「どういう意味で?」と尋ねると、「みんなで休む日、ということかな」と答えてくれた。それ以来、興味を覚えて、しばしば訪ねている。外来の客を案内するコースにも必ず組まれるほど、私にとって大切な、取っておきの場所だ。
 安息日を設け、生活を秩序づける装置として、この石門に象徴されるように、この集落には、自然環境の中にある人の暮らしの空間に秩序を感じる。この集落の古くは、周りを石垣で囲い、東、西、北に石門を設けてあったそうだが、現存する「東の大門(アーヌフジャー)」が、車の通行に合わせ開口を拡張した姿で残っている。
 その門をくぐると、大きなフクギ群の濃い緑に圧倒される(写真2・3)。屋敷林としてのフクギと、根元に積み上げられた野面積みの石垣の連なりで形造られた道は曲線を描き、所によっては蛇玉道(蛇が獲物を飲み込んで腹が膨らんだ姿のような道)となり、Y字路、T字路、程よくずれた四つ辻、通り抜けの小道など、網目状で迷路のようになっている(図)
 集落の外で感じた台風の余波は、集落内までは届かず、穏やかであるのは、フクギの防風林の効果でもあるのだが、この網目状の道の形態にもあるということを直感する。

写真4/遠見番所跡から大神島を望む 写真5/現在の狩俣集落。海の向こうに見えるのは伊良部島
写真4/遠見番所跡から大神島を望む
写真5/現在の狩俣集落。海の向こうに見えるのは伊良部島

 また、この狩俣集落は、緩やかに南に傾斜する土地、北に腰当(クサティ)の森(ムイ)という、沖縄の伝統風水の典型的な姿である。北側の高台には、国指定の文化財「狩俣遠見番所」があり、広く海上警備の役割を果たしていたという(写真4)
 その場から南の方角へ振り返ると、集落が展望できる(写真5)。現在は、このようにコンクリート住宅の景観となっているが、大正時代、若き日の鎌倉芳太郎は、茅葺(かやぶ)き屋根、石垣、フクギで織り成す風景を一葉の写真に収めており、それは、同氏が編著した「沖縄文化の遺宝(岩波書店刊)」で確認できる。
 強風をフクギや石垣、曲がりくねった道などの緩衝帯や装置で和らげ、茅葺きのか弱い家屋を守っている。この風景の記録は、しなやかな強さということを気付かせている。ちなみに「沖縄文化の遺宝」は、沖縄県立芸術大学付属図書館(那覇市首里当蔵町)で閲覧することができる。
 このように狩俣集落は、環境共生集住の原点を、後世の私たちに伝えている。ぜひ訪れて、知恵の気付きを楽しんでほしい。

図/狩俣集落内の道は、このように網目状になっている
図/狩俣集落内の道は、このように網目状になっている

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毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞「第1402号2012年10月26日紙面から再掲載」

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