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お役立ちコラム

建物が語る「まちの記憶」(台湾)

「建物が語る」 まちの記憶 Vo.4

台湾に残る懐かしい景色

 見覚えのある景色と思う人もいるかもしれませんが、実は日本ではありません。台湾に残る、どこか懐かしさを覚える風景を歩いてきました。

前回のクイズで出した石柱は、実は台湾にあります。表に書かれた文山郡とは台湾最大の都市、台北南部の地名。ほかに、「連合」、「青年団」らしき文字も読み取れました
前回のクイズで出した石柱は、実は台湾にあります。表に書かれた文山郡とは台湾最大の都市、台北南部の地名。ほかに、「連合」、「青年団」らしき文字も読み取れました

 前回(1月21日発行、1310号)のクイズで出した「昭和14年建立」と示されている石柱は、実は、台湾にあったものです。台北のあるお寺の境内の中で見つけました。
 今回は沖縄を離れ、沖縄と気候が近い台湾の街を歩いてきました。戦前、台湾は日本の統治下にありました。台湾を旅していると、時折当時のものが見つかるのです。
 文字に誘われ、文山へ向かってみます。バスに30分ほど揺られ、文山区役所の前で降ります。目の前には近代的な区役所のビル。ふと振り返ると、その横に古い木造の家がありました。よく見ると、不釣り合いな近代的な建物と一緒になっています。木に竹を継いだような不思議な雰囲気です。建物の前に「文山公民会館」と書かれた看板がありました。

日本家屋らしき古い木造の建物。看板から、「文山公民館」と読める
日本家屋らしき古い木造の建物。看板から、「文山公民館」と読める
隣に建つ、大きく近代的な区役所のビル。公民館とは、対照的な雰囲気
隣に建つ、大きく近代的な区役所のビル。公民館とは、対照的な雰囲気

 近代的な建物の横にある入口から中へ入ると、受け付けに中年の女性が一人。言葉は分かりませんが、手にしていたカメラで建物を見に来たという意図は分かってくれたようです。庭を見せてもらい、中で繋(つな)がっている古い建物へ足を踏み入れます。女性が、何かわたしに注意をしました。どうやら、靴は脱がないといけないようです。
 この建物は日本家屋だったのではないかと思い、説明を読むと、1930(昭和5)年に建てられた小学校の校長先生の宿舎である、と記されていました。そういえば、庭の先に学校が見えました。板張りの床や柱、壁、天井はきれいに磨かれていますが、そうした古い部分も、会館の一部として現在も使われていました。そのためでしょうか、きれいに復元しただけでない暖かみを感じるのです。

写真上/古いけれどきれいな公民館の内部。靴を脱いで入る。板張りの床や天井、窓の格子が、日本を思わせる 写真下/公民館の内部。現在でも市民向けの文化・芸術講座に時折使われているのだとか
写真上/古いけれどきれいな公民館の内部。靴を脱いで入る。板張りの床や天井、窓の格子が、日本を思わせる
写真下/公民館の内部。現在でも市民向けの文化・芸術講座に時折使われているのだとか

 台湾では、ほかにも多くの日本が作った建物が保存され、レトロな雰囲気を持つ空間として活用されている例もあります。日本統治下の建物を残すことは、台湾では単なる追憶で済まされることではないかもしれません。しかし、文山公民会館のように、地域に根差した建物が残されているのを見ると、それはあくまでも未来のために存在している気がしてならないのです。


まるで沖縄!?

まるで沖縄!? 近くには、公設市場が広がっていた。市場の中は、那覇の公設市場と見間違うほど
近くには、公設市場が広がっていた。市場の中は、那覇の公設市場と見間違うほど

<まちあるきライター>
一柳亮太(ひとつやなぎ・りょうた)

 1978年、神奈川県出身。大学で地理学を専攻し、離島に暮らす人々の生活行動を研究。まちや地域をテーマにしたワークショップやプロジェクトを運営する傍ら、まちあるきライターとしても活動。

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毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞「第1314号2011年2月18日紙面から再掲載」

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