沖縄の不動産・賃貸・売買ならコノイエ+プラス

お役立ちコラム

見えない川が語る まちの記憶(那覇市牧志)

「見えない川が語る」 まちの記憶 Vo.7

開発の合間に見える原風景

 再開発が進む街中で、川の無い不思議な橋を見つけました。道端に橋の欄干だけがあった場所で、工事で既存の建物が取り壊され溝が姿を現したのです。のぞき込むと、思ったより深く、大きな溝に水が流れていました。やはりこの場所には川があったのです。今回は「見えない川」をたどってみました。

写真1.橋と川を見つけた場所。那覇市・牧志駅前の再開発が始まり、後の建物が撤去され、柳通りと呼ばれる道に架かる橋が残されている(2009年3月撮影)
<写真1>
橋と川を見つけた場所。那覇市・牧志駅前の再開発が始まり、後の建物が撤去され、柳通りと呼ばれる道に架かる橋が残されている(2009年3月撮影)

 街の中では、姿の見えない川は珍しくありません。用地を求めて、治水のため、汚染による臭い対策などで蓋(ふた)をされ、暗渠(あんきょ)となった川は数多く存在します。この川の川筋を探そうと、まずは古い地図を読んでみました。意外に古くから暗渠であったらしく、川筋が記載されている地図が見つかりません。戦前の地図にも載っていないので、もとより地図に載るような大きな川ではなかった可能性があります。同じように空中写真も調べましたが、はっきりと分かる写真はありませんでした。

 改めて現地へ行ってよく観察すると、ちょうど上流に向けて、まっすぐに空間が伸びています。その先にある、一見茂みに思えた場所は、近づくと川がそのまま流れているのです。しかし、川は30メートルほどで蓋がされていました。
 川が見えなくなった付近で、周りをよく見渡します。駐車場を挟んで交差点の向こう側、斜めに入っていく道が見えます。フェンスで覆われ、幅1メートルほどの蓋をしたようなコンクリートが続き、住宅の間を曲がりながら続く道になりました。この道も、ちょうど低い地形の場所を曲線で通っていきます。
 しばらく進むと、今度は道が途切れました。正面には家が立ち並び、川があるように見えません。しかしよく見ると、右手の家が道に対して三角形に。しかも側溝のような蓋で切り取られています。側溝を真っ直ぐ見ると、川というにはあまりに狭い溝が、まっすぐに家並みの間に消えてゆくのです。道の側溝であるならば、家の間を流れるのは不自然です。
 ここで、地図を調べた時の「大きな川でない」ことを思い出しました。ここまで遡れば、川幅が溝ほどでもおかしくありません。迂回(うかい)して再び家並みの間から川が顔を出す場所を探しました。しかし、それらしき溝や蓋はあっても、水が流れる姿は見つかりませんでした。

 川を探しながら歩いていて、ふと鉄道の跡を探して歩いた時のことを思い出しました。見えない川とその痕跡も、日常の中で地域の過去を伝えてくれる大切な存在です。

写真2.上の写真は、再開発工事でごくわずかな期間だけ姿を現した川を下流に向けて撮影したもの。橋の名前は「開平橋」。竣工年や川の名前は分からなかった。この川に関連するもので、唯一具体的な名前が判明しているもの。ここから上流へさかのぼっていくと・・・

写真2.上の写真は、再開発工事でごくわずかな期間だけ姿を現した川を下流に向けて撮影したもの。橋の名前は「開平橋」。竣工年や川の名前は分からなかった。この川に関連するもので、唯一具体的な名前が判明しているもの。ここから上流へさかのぼっていくと・・・
<写真2>
上の写真は、再開発工事でごくわずかな期間だけ姿を現した川を下流に向けて撮影したもの。橋の名前は「開平橋」。竣工年や川の名前は分からなかった。この川に関連するもので、唯一具体的な名前が判明しているもの。ここから上流へさかのぼっていくと・・・

写真3.自販機と道路の間が、蓋をされ駐車場になっている川。奥の茂みで川が姿を現す
<写真3>
自販機と道路の間が、蓋をされ駐車場になっている川。奥の茂みで川が姿を現す

写真4.建物のすき間に潜むようにわずかに姿を現した川
<写真4>
建物のすき間に潜むようにわずかに姿を現した川

写真5.那覇市・安里十字路。交差点へ斜めに入り込む暗渠
<写真5>那覇市・安里十字路。交差点へ斜めに入り込む暗渠

写真6.住宅地の中を、曲がりくねりながら進む
<写真6>
住宅地の中を、曲がりくねりながら進む

写真7.三角形に切り取られた家、敷地を切り取る側溝のような蓋
<写真7>
三角形に切り取られた家、敷地を切り取る側溝のような蓋

写真8.家と家に挟まれる川。一見すると、排水用の水路にしか見えない
<写真8>
家と家に挟まれる川。一見すると、排水用の水路にしか見えない

写真9.家並みを抜けた場所から坂道を上がる蓋。この先は道路の側溝と判別がつかない。大道森と呼ばれるこの付近の小高い丘が、川の源流なのかもしれない
<写真9>
家並みを抜けた場所から坂道を上がる蓋。この先は道路の側溝と判別がつかない。大道森と呼ばれるこの付近の小高い丘が、川の源流なのかもしれない

写真10.写真1と同一地点の現在(2011年5月)。まったく想像もつかないほど変化した
<写真10>
写真1と同一地点の現在(2011年5月)。まったく想像もつかないほど変化した


<まちあるきライター>
一柳亮太(ひとつやなぎ・りょうた)

 1978年、神奈川県出身。大学で地理学を専攻し、離島に暮らす人々の生活行動を研究。まちや地域をテーマにしたワークショップやプロジェクトを運営する傍ら、まちあるきライターとしても活動。

▼関連する過去の記事


毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞「第1327号2011年5月20日紙面から再掲載」

月別アーカイブ

ライター