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橋が語る まちの記憶(国頭村与那)

「橋が語る」 まちの記憶 Vo.10

難所越えた大橋75年経てアーチ

 今回は少し遠出し、北部をドライブしました。曲がりくねる古い道の横に、真っすぐな新しい道が出来ているのを見かけます。この古い道とそこに架かる橋を見てみます。

  国頭村の与那にある与那大橋は、今からおよそ75年前、1935年に開通しました。この橋のある与那と南隣の伊地の両集落間は、現在こそ新与那トンネルで一瞬のうちに通過できますが、古くから「与那の高坂」と呼ばれる難所で、その険しさを歌った「与那節」で知られます。

 与那大橋は、74年の与那トンネル開通後は道路としては用いられておらず、現在は特段の管理もされていません。また、好天時でないとたどり着けない波の荒い海岸沿いに位置しています。このような厳しい条件下にあっても、開通当時の美しいアーチ姿を残しています。現在の感覚では「大橋」と名付けるのが不思議な程の小さな橋ですが、当時の技術や厳しい地形に架けたことを踏まえれば、大橋の名がふさわしかったのでしょう。

 もう一つ、この橋が大橋と称される理由と思われることがあります。与那大橋とその前後の道は、31年から実施された「沖縄県振興15年計画」よる、名護を中心に道路を整備する計画の一環として建設されました。それまで、国頭村の中心地、辺土名までは自動車が通行できる道がありました。県道として建設され、かつ辺土名以北で初めて自動車が通行可能な道の難所を越える橋は、まさに大きな存在の橋であったのだと思います。
 この時北部では、熊本から国頭郡役所へ赴任した技師、清村勉によって当時の最新技術であった鉄筋コンクリートによる建築が盛んに行われました。金武高等尋常小学校(24年)や大宜見村役場(25年・現存)などがその代表です。与那大橋と清村に直接の関わりはないと思われますが、荒波が打ち寄せる海岸で75年を経ても姿を保つ堅固な橋が出来たのは、当時北部で花開いたコンクリート技術の成果であるのかもしれません。

 古い道と橋にもさまざまな物語が隠されています。与那大橋が、これからも過去を伝える存在として残されることを願っています。

<1> 伊地よりの駐車場に設置されている道路の変遷を示す案内。与那大橋は海岸に突き出た岬を通る道に架けられた
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伊地よりの駐車場に設置されている道路の変遷を示す案内。与那大橋は海岸に突き出た岬を通る道に架けられた
<2> 岩を切り開いて建設された道。コンクリートの舗装が波でめくり上がり崩れている
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岩を切り開いて建設された道。コンクリートの舗装が波でめくり上がり崩れている
<3> 崖が海岸に迫り、道を付けられない部分に建設されたのが与那大橋。激しい波に前後の道は崩壊しているが、橋はほとんど原型を保っている
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崖が海岸に迫り、道を付けられない部分に建設されたのが与那大橋。激しい波に前後の道は崩壊しているが、橋はほとんど原型を保っている
<4> 木製電柱の足下と土台跡。かつてこの道が使われていたことを示す痕跡
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木製電柱の足下と土台跡。かつてこの道が使われていたことを示す痕跡
<5> 激しい波が打ち寄せるが、美しいアーチ姿を崩壊することもなく保っている
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激しい波が打ち寄せるが、美しいアーチ姿を崩壊することもなく保っている
<6> 橋を渡った与那側には、石積みの土台と親柱が残る。親柱は不安定な状態で、いまにも落下しそう
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橋を渡った与那側には、石積みの土台と親柱が残る。親柱は不安定な状態で、いまにも落下しそう
<7> 立体感のある十字デザインの親柱。「よなおうはし」と刻まれている。竣工年などは無く、他の3本の親柱は消滅している
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立体感のある十字デザインの親柱。「よなおうはし」と刻まれている。竣工年などは無く、他の3本の親柱は消滅している
<8> 与那集落側から見た与那大橋。橋までたどりつけなくても、対岸のこの位置からはっきり見える。橋を右に進むと伊地。左の与那側は崩壊しており現在は通行できない
<8>
与那集落側から見た与那大橋。橋までたどりつけなくても、対岸のこの位置からはっきり見える。橋を右に進むと伊地。左の与那側は崩壊しており現在は通行できない

注意)与那大橋とその前後の道は、現在道路として管理されていません。荒天時には激しい波が打ち寄せ、崩壊の恐れがあります。荒天時には絶対に立ち入らず、自身の判断、責任で訪問に気をつけてください。


▼まちあるきライター
一柳亮太(ひとつやなぎ・りょうた)
1978年、神奈川県出身。大学で地理学を専攻し、離島に暮らす人々の生活行動を研究。まちや地域をテーマにしたワークショップやプロジェクトを運営する傍ら、まちあるきライターとしても活動。

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毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞「第1342号2011年9月2日紙面から再掲載」

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