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新城和博の「ごく私的な歳時記」<10>

那覇・泊から見た夕景
那覇・泊から見た夕景

コオロギのいた夏

 沖縄の夏の変化は風の変わり目で分かる。旧盆・シチグヮチを過ぎるとトンボの群れが目立つようになり、朝夕の風がすこし涼しくなる……「しださん」といううちなーぐちを知ってからは「風(かじ)ぬしださよー」なんてつぶやいてみると、沖縄の秋も深まりゆく……でも台風が来ると、湿気を含んだ生暖かい風に逆戻りして油断ならない。
 首里の秋は、赤田町のミルク行列、汀志良次町(いまの汀良町)の獅子舞の開催を知らせる横断幕から始まる。しばらくしたら、11月の首里文化祭にむけて旗頭の練習をする鉦(かね)の音が、首里の町のあちこちから聞こえてくるだろう。

秋めいてきた、でも夏(知念半島を望む)
秋めいてきた、でも夏(知念半島を望む)

 ところで僕の住んでいるコノイエ(自宅)は、木造である。夏は涼しく冬は暖かい……ということで建てた家も今年で8年目となる。住み心地は上々。無垢(むく)材の香りが家の中のあちこちに、いまでもほんのりと漂っているのはひそかに気に入っている。
 そんなコノイエに、今年の夏、やつがやってきた。
 招かざる客、それは……コオロギである。
 ヒトが寝静まる深夜、彼は鳴き始める。最初は外の草むらで鳴いているのかと思ったのだが、窓はもちろん閉まっていた。空耳かとも思ったが、やがて彼の声で目が覚めるようになった。いる、彼は家の中にいる。
 ガバッと起き上がって声の方向をたどっていくと、台所に行き着いた。静かに近づくと、ピタッと鳴き声がとまった。われわれの気配を感じ取ったらしい。姿は見えない。ステップバックして、静かにしていると、再び鳴き始めた。確かにコオロギだ。こうして聞くとけっこうでかい鳴き声である。家の外で鳴いている分には風情もあったが、家の中で鳴かれると騒音……とは言い過ぎだが、いったん気になると眠れない。でも、最近疲れているから、もしかして幻聴? 妻とお互いに「鳴き声が聞こえているよね」と確認する。
 どこにいるのだろうと、気配を消して近づく。鳴きやむ。そのくり返しで、どうやら台所の食器棚の下あたり、ということが分かってきた。棚の土台にある空間にいるのか。棚を傾けてのぞき込まないと分からないが、もしそこにいるとしたらいったいどうやってそこにたどり着いたのだろうか。何のために。エサでもあるのか。いやいや掃除はちゃんとしている……。昼間、そして照明がついている間、ずっとじっと何もせず食器棚の底でたたずんでいるのだろうか。
 彼は毎夜毎夜、われわれが消灯するとしばらくして鳴き始める。だんだんヒトの気配に慣れたらしく、食器棚の土台近くに迫らないと鳴きやまなくなった。なんということだ。そんな状態がしばらく続いた日曜日の朝、家の掃除ついでに食器棚を動かしてみることにした。虫一匹に大騒ぎである。
 食器を全部出して、棚をグッと傾けてみた。土台の中に確かに空間がある。そしてヤツは……いなかった。そ、そんな。鳴き声がしていたのに。どこに隠れているのか。昼間はどこかに移動していたりするのか。あきらめきれずに、掃除機でとりあえず棚のまわりを掃除しようとしたら、視線の端にピョコンとはじかれたようにジャンプするものが。いた。それは確かにコオロギだった。意外に大きいではないか。われわれの襲撃をやりすごそうとしていたに違いない。千載一遇のチャンス! 僕は掃除機のアタッチメントを外し、吸い口を広くして、二度目のジャンプをしてこの場から脱出しようとしている彼に向けた。
 吸った。コオロギにとってはあっという間の出来事だ。掃除機がかっこいいと思ったのは初めてである。しかし、あんな狭い暗い場所に一日中いるなんて。虫の考えることは分からん。
 しかし本当にあんな小さなコオロギを捕まえられるのか、半信半疑だった僕と妻はこう思った。

コオロギは、鳴いているところに必ずいる。

 火のないところに煙はたたない、の代わりにぜひみなさんも使ってもらいたい、わが家の今年の夏のカクゲンである。
 恐る恐る掃除機の、ゴミのたまるところ(何と言うのだろうか)をカパッと開けてみた。いた。慎重につまんだ。普通のコオロギだ。ここで手を離したら元の木阿弥とばかりに、あわててデッキへいく。隣の空き地の草むらに放してやった。勝負はついたのだから。外でだったら思う存分鳴くがいいし、そもそもそういうバグズ・ライフのほうが楽しいに決まっている。
 そしてその晩から僕たちは心やすやすと眠ることが出来た……、かと思ったらそうでもなかったのだ。実は、コオロギ、よーく耳を澄まして聞いたら、あと二匹、確かに鳴き声がしていたのだ。いま一度夫婦そろって幻聴ではないかと確認したが、そうではなかった。
 しかしもう僕たちは慌てない。だって「コオロギは鳴いているところに必ずいる」のだから。掃除機片手に、本棚とお風呂場の棚の端っこを調べたら、やっぱりいた。やはり同じ場所で同じように鳴いている。やはり虫の考えることは分からん。 
 掃除機は今回も、スパッ、スパッとヤツらを確保した。もはやコオロギを捕まえるためにできたかもしれないような安定感である。
 
 あれからしばらくして、家の外でやけにコオロギが騒がしくしているような気がしたが、まぁ気のせいだろう。

sinjyo2015100103


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この記事のライター

新城 和博

ライター、編集者

新城 和博

1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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