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新城和博の「ごく私的な歳時記」<11>

(写真/森と月)
(写真/森と月)

首里の秋 月夜の弁が岳周辺

 今夜もまた月がきれいだな。
 暑さが遠ざかりつつある旧暦九月の十五夜は、すがすがしい。
 原稿を書かねばならないが、つい散歩に出てしまった。ようやく心地よい散歩が出来る季節になったのである。
 家の裏手に小さな森がある。月はその森の上にすっとあがっていた。雲がたなびき、絵に描いたような、月夜。森を回り込むようにして、すたすたと歩いた。木々の間から見る月が美しいものだというのは、ここに引っ越してからわかったことだ。
 森を抜けていく風の音が、細く静かに響いている。空の上からゴォーという野暮(やぼ)な飛行機の音がする。気にしないで坂道を振り返ると、やはり十五夜の月。
 子どものころ、夜道を歩いていると、月が一緒についてくるのが不思議だった、というのは、だれでもそうだろうが、大人になっても、やはり少し不思議な気がする。見る場所によって大きさが変わることとか。いわゆる心理的錯覚というやつなのだが、なぜそう見えるのかは実はちゃんと説明できないんだそうである。不思議なことが不思議なままなのはちょっと楽しい。

(写真/角をまがると...)
(写真/角をまがると…)

 「月ぬ美しゃ(つきぬかいしゃ) 十日三日(とぅかみっか・十三夜)」か、十六夜月が好みなのだが、十五夜の月の明るさはやはり捨てがたい。街灯が途切れた道の端、歩くわれわれの影がくっきりと落ちている。われわれというのは妻と僕である。ボォーと月と影を交互に見ていたら、軽自動車がゆっくりとそばを通った。こんな暗闇に人が立っているのだから、すこしドキッとしたのではないか。両手を突き出して「いきなり走り出して車を追いかけたらびっくりするだろうか」と、提案してみる。
 このあたり、昔は人里もまばらな場所だったようだ。実はかなり位の高い聖域で、ウタキもある。今歩いている道は山の尾根にあたるので、左右がそれぞれ斜面になっている。見晴らしは良いはずなのだが、今は住宅地なので、遠くまで見通せないのが残念だ。

(写真/煙突と月)
(写真/煙突と月)

 ゆったりとした下り坂はあっという間に大通りの交差点に出てしまった。尾根沿いの道はここで分断されるのだ。途端に風の気配が変わってしまう。通りひとつ隔てるだけで時の流れが違って感じられる。横断歩道の向こうに道の続きがあるのだが、今夜の散歩は遠出できない。

(写真/小さなスタンドバー)
(写真/小さなスタンドバー)

 通り沿いのなじみのスタンドバーが、ハロウィーン仕様になっている。首里駅が今夜はやけにまぶしく感じる。見上げれば確かに十五夜の月なのだが、なんだか普通である。昔の那覇の人はこんな晩にはわざわざ波の上、若狭の海岸近くのバンタ(崖)に出掛けて月見をしたらしい。首里の人はどうだったんだろうか。
 ウオーキングの人、予備校帰りの女学生、おいしい中華料理を堪能したらしい若者たち。すれ違う人たちは空を見上げるかしら。
 大通りを曲がり少しすると大豆を煮るいい匂いがしてきた。もう明日の豆腐の支度が始まっているのだ。豆腐屋の角を越えればわが家と森が見えてくる。とたんに月が明るさを増した。雲は流れてしまい、月だけがすっとしている。力のないコオロギの鳴き声が聞こえてきた。今宵(こよい)の散歩はこれで終い(しまい)。

さて原稿を書かなければ。


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この記事のライター

新城 和博

ライター、編集者

新城 和博

1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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