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実践!防災のワザ「食べることは生きること」【沖縄から防災を考える】

実践!防災のワザ[1]
食べることは生きること

執筆:稲垣暁

 災害時だけでなく、日ごろから暮らしの中で取り入れていると、いざという時に役立つ情報を届ける「実践! 防災のワザ」。防災士として活動する稲垣暁さんが、防災時の食に関するアドバイスをする。

 近日中に大地震が起きるという「予言」をネットでよく見かける。災害は必ず起こるもので、いたずらに恐れないことが大切だ。まずは、「その時」が来たら自分はどう行動するかを考えることだ。
 災害時の食も同じ。政府が推奨する家庭備蓄が、3日分から7日分に変わった。南海トラフ地震が起こると、日本中の食品や日用品が不足するという。多くの人は7日分もの備蓄食糧をどうそろえるか頭を抱え、保管場所を憂い、結局は何もできないのではないか。

「その時」、食はどうなるか。

 20年前の阪神淡路大震災時、関西で地震はないという「迷信」もあり、自宅での食糧備蓄の発想はなかった。だが「備蓄しとくべきだった」という後悔は聞いたことがない。なぜなら、自宅が壊れても冷蔵庫等にある食品は食べられたからだ。

岩手県大槌町の仮設住宅で住民とじーまみ豆腐作り。持ち寄って食べると生きる勇気が出てくる=2014年11月
岩手県大槌町の仮設住宅で住民とじーまみ豆腐作り。持ち寄って食べると生きる勇気が出てくる=2014年11月

 一方、東日本大震災では、津波浸水により孤立した地域の避難所で食糧が枯渇した。自宅にいくら食糧や備蓄があっても、津波や火災で家を失えば終わりだった。つまり、備蓄の発想は自宅より避難場所に必要だ。
 とはいえ、避難所にはものすごい数の人が殺到するうえ、マンパワーもない。被災直後の避難者の把握は難しく、配食数も分からない状況で、備蓄品の配給や炊き出しはほぼ不可能だ。平時の避難訓練でよく炊き出しがセットになっているが、実際は難しいだろう。人集めのイベントと考えたほうがよい。
 自宅では、新たに備蓄専用食を買いそろえるより、日々食べるものとして7日分の食材を持つ方が現実的だ。そして災害時、家が無事だった人は避難所に持ち寄り、運営に協力しながら家を失った弱者、要支援者への一助となってほしい。
 被災者同士あるいはボランティアが一緒に同じ釜の飯、同じ鍋の肉を食べることで,「生きている」実感や共助意識が強まっていく.食べるということはそういうことなのだと,20年前に感じた。
 こうした「食」は、被災生活を少しでも前向きに捉えるエネルギーになる。実は被災生活当初、食だけ見れば平時よりぜいたくだなと感じることが時々あった。理由は、冷凍庫で後生大事に冷凍していた「神戸牛」を食べざるをえなくなり、持ち寄りですき焼きパーティーなど行ったからだ。みんなの笑顔はやがて勇気となり、生きていくビタミンとなった。今は、心の中の財産である。


冷蔵庫は最強の備蓄庫

浦添市の「親子ぼうさい探検隊」で子どもたちによる冷蔵庫マップづくり=2014年1月
浦添市の「親子ぼうさい探検隊」で子どもたちによる冷蔵庫マップづくり=2014年1月

 冷蔵庫はそう簡単につぶれない。停電時は、冷凍庫のものを冷蔵室に移して室温を維持し、解凍させながら食べる。もしコンビニが開いていたら、ブロックアイス1個を買って冷蔵室に入れておくと、真夏の沖縄でも3日間は冷蔵室内の低温を維持できる。
 まずは、我が家の食糧規模を知るために「冷蔵庫内マップ」を作ってみよう。ファミリーなら子どもが大喜びで書いてくれる。彼らは驚くほど冷蔵庫の状況を知っている。マップは冷蔵庫の扉に貼っておこう。家の中で家族が最も見る場所だからだ。


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[3]夏場の沖縄 避難食の困難
[2]避難所おにぎり・弁当秘話
[1]食べることは生きること


沖縄国際大学特別研究員の稲垣暁氏

いながき・さとる
1960年、神戸市生まれ。沖縄国際大学特別研究員。社会福祉士・防災士。地域共助を専門に東北や神戸との交流を続ける。


<実践!防災のワザ>
沖縄タイムスの副読紙/毎週木曜日発行・週刊ほーむぷらざ「第1449号2015年4月23日紙面から掲載」

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