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実践!防災のワザ「災害時、水は使い回す」【沖縄から防災を考える】

実践!防災のワザ[6]
災害時、水は使い回す

執筆:稲垣暁

沖縄が大地震や大津波、巨大台風等で被災した場合、過去とはケタ違いの深刻な渇水状況になりうる。三つの理由からだ。

①給水車が足りない
本土では数百キロ離れた自治体からも陸路で給水車が派遣された。亜熱帯気候の沖縄ではいたるところで猛烈な腐敗が進行するが、水がなければ感染症対策や家屋洗浄に困難をきたす。

②河川や井戸など地域での取水が困難
消防では河川からの消火用水の取水は全県で不可能で、防火水槽等の貯水に頼る。だが、自由に取水できる河川に比べると、大規模火災等での対応は難しいはずだ。

③道などが狭くて給水車が入れない
道や坂、アパートの多さで住民による水の運搬が難しい。過去の災害では給水車がいつどこに来るか分からず、口コミ情報を頼りに容器持参で行くが、その重さは半端ではなかった。

 県民1人1日の生活用水使用量は323リットル(2010年国交省)で、観光客需要もあり日本で最も多い。給水車から得られる水は、1回あたり多くても40リットル程度。普段の使用量を確保することは、とても不可能だ。
 半世紀ほど前まで、沖縄では飲料水から洗濯まで井戸や河川に頼る生活だった。急激な都市化で井戸は捨てられ、河川は不要水を海に流す水路に変わり、汚れていった。
 阪神淡路大震災では、市民が河川を守ってきたことが功を奏し、川で洗濯ができた。飲料水には山の湧き水も利用した。
 災害時、こうして得た貴重な水は1滴たりとも無駄にせず、リサイクルすることになる。神戸や東北では、次のように使い回された。平時から実践する機会を持ちたい。
 ※野菜を洗った水→トイレの手洗い用→トイレ水洗用
 ※米や麺をゆでた水→洗髪や洗顔用→トイレ水洗用
 かつて共同井戸では「飲料取水→洗濯場→馬の洗い場」の順で水が流れ、機能的に利用された。伝統的な暮らしにも多くの防災ヒントがある。

那覇市繁多川公民館で行った炊き出し実践で、野菜を洗った水をトイレの手洗い用にし(左)手洗い後はトイレ水洗用に(右)
那覇市繁多川公民館で行った炊き出し実践で、野菜を洗った水をトイレの手洗い用にし(左)手洗い後はトイレ水洗用に(右)

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重い水を楽に運ぶ工夫

 震災後、いつどこに来るかわからない給水車から水を得ることは、非常に大変だった。女性や高齢者にとって過酷な重労働だったほか、高層アパート住民は停電でエレベーターが使えず、途方に暮れた。
 そこで、地域での防災講義などで学生とともに楽に水を運ぶ防災ワークショップを行っている。阪神淡路大震災時、住民の知恵で自然発生した方法だ。
 旅行用のカートに大型のビニール袋を入れた段ボールを入れ、水を満たしたらビニールの口を縛る。通常のキャリーケースでも40リットル程度を簡単に運べる。子どもは、カートを引くよりリュックで担ぐ方が楽なようだ。階段を上る時も、バケツで運ぶよりもはるかに楽だ。小さい子どもでも坂道も軽々と登っていった。

リュックを使うと、40リットルの水を子どもが楽々運べる/写真左 カートに大型ビニール袋を入れた段ボール箱を入れ、注水後にビニールの口を縛る/写真右
リュックを使うと、40リットルの水を子どもが楽々運べる/写真左
カートに大型ビニール袋を入れた段ボール箱を入れ、注水後にビニールの口を縛る/写真右

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沖縄国際大学特別研究員の稲垣暁氏

いながき・さとる
1960年、神戸市生まれ。沖縄国際大学特別研究員。社会福祉士・防災士。地域共助を専門に東北や神戸との交流を続ける。


<実践!防災のワザ>
沖縄タイムスの副読紙/毎週木曜日発行・週刊ほーむぷらざ「第1471号2015年9月24日紙面から転載」

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