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家庭菜園のある風景【野菜ソムリエ・岡田郁子の島野菜と果樹・花のある暮らし】

岡田郁子の島野菜と果樹・花のある暮らし【vol.1】
家庭菜園のある風景
文・写真/岡田郁子
野菜ソムリエ


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那覇から浦添、そして宜野湾市へ。わが住まいにはこんな経緯があり、宜野湾市での生活は年号が平成と変わった数字とぴったり重なる28年目を迎える。

 造れる予算と、これくらいの広さがほしいという願望と場所選びで5年もの年月を土地探しで費やしたかいあって、庭と菜園を持てる程度の土地を手に入れ、住宅を建てた。
 こうして得たマイホームへ引っ越す前に大工さんにお願いしたのが、ゴーヤー棚の設置だった。以来、わが家ではゴーヤーを買ったことがない。そう! 自分で育てた野菜を食卓に乗せるという、それまでとは全く異なる暮らし方を楽しむ生活が始まったのだ。

中長ゴーヤー/写真左 白ゴーヤー/写真右
中長ゴーヤー/写真左 白ゴーヤー/写真右

 わが家の菜園は住宅の奥に作った。玄関のあたりからは見えない。だから、とても仲良くなったはす向かいのおじいはわが家の菜園に気付かず、立派に育った収穫物をひと夏に何回か分けてくださった。若いころ農林高校の教師をしていたというおじいは、野菜づくりがプロ級の腕前。自宅から300mくらい離れた空き地を借りて、趣味で農業を行っていたのだ。
 初め何も言わずに、おじいのゴーヤーいただいていた。が、菜園を始めて2年、3年たつと、わが家もそこそこ、なんてもんじゃなく、たくさんの実がとれるようになった。しかし、「うちもゴーヤーを作っています」という一言はおじいの心には届かなかったようで、その後も10年以上このプレゼントは続いた。おじいは今、齢(よわい)90を超え、畑には行かなくなっている。

 宜野湾市に移り住んで、ご近所のたいていのお宅に菜園があり、ゴーヤーを筆頭に、何かしら野菜を作っている! という状況に驚かされた。シマナー(からし菜)やハンダマ(スイゼンジナ)、カンダバー(かずら)は普通で、ときおりフーチバー(よもぎ)やクヮンソウ(アキノワスレグサ)、イーチョーバー(ういきょう)など、薬草も見かける。かつて長寿県日本一だった沖縄の暮らしは、こんな野菜たちがメーンの生活から生まれたのだろう。

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 庭を持たない人はプランターで栽培している。宜野湾市大山は金武町と並んでターンム(田芋)栽培が盛んなところとして知られているが、ご近所のお宅では、田んぼで作るターンムさえプランター栽培する。
 果物もいろいろ植わっている。この頃はピタヤ(ドラゴンフルーツ)栽培が盛んだ。ドラゴンフルーツの花は、一夜限りの美しい姿を見せた後、その下に実が膨らむ。カニステルやアセロラもあちこちで見かける。
 見事なアップルマンゴーが塀を乗り越え、外に顔をのぞかせる家だってある。「だまって取っちゃ…、ダメ?」。こんな気持ちになることも一度や二度ではな~い。でも、盗ったことはことはありませんぞー!

 こんなふうに、ゼロからのスタートで菜園作りを始めた宜野湾市で、野菜や果物を育てる暮らしが至る所で見られることを発見した私は、この街を選んだ事を幸せに思うのだった。

 朝な夕な、時に夜10時をまわった時間に、米軍ヘリが轟(ごう)音を響かせて飛び交う空の下に、ごくごく普通に野菜や果物を育てる人々の、穏やかで健康的な暮らしがあるのだ。

ドラゴンフルーツの花
ドラゴンフルーツの花

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岡田郁子

1945年、那覇市出身。琉球大学卒業後、局アナ、フリーランスアナをへて2001年、食事サロンきまぐれkitchenを自宅で始める。60代で挑戦したNAHAマラソン完走、野菜ソムリエ合格の体験を通し、元気に年を重ねる術を伝える講演活動に励む。野菜ソムリエ仲間と設立した沖縄野プロジェクト協同組合では代表理事を務める。アンチエイジングセルフケアアドバイザー、ナチュラルフードコーディネーター。

ブログ
『きまぐれキッチンのきまぐれブログ』
http://kimagrewor.exblog.jp/

<コノイエ+プラス・コラム2016年1月23日公開 全3回>

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