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新城和博の「ごく私的な歳時記」<14>

寒い冬だから 沖縄に雪が降った

 朝、目覚めると、イソヒヨドリは、まだそこにいた………。
 
 前回「鳥づくし」のコラムを書いたら、いろいろなトリスキー(鳥が大好きな人たちのこと)から教えてもらった。「あれは、イソヒヨドリだよ」。
 ヒヨドリとイソヒヨドリは、名前は似ているが、違う種類なのだそうだ。しかもイソヒヨドリは「ツグミ科」なのだそうだ。ツグミかぁ。

 さて先日の「沖縄に雪が降った日」、みなさんは、どんな風に過ごしていただろうか。僕は、あいにくこの目でみぞれやあられは見ることができなかったが、夜中、パラパラと音だけは楽しむことができた。風が強く、まさに、嵐の夜のようだったが、なぜかワクワクしたりして。
 1972年に「日本復帰」する前、沖縄の子どもたちの間で、「日本復帰したら雪が降る」という噂(うわさ)があった話は有名だが、実際復帰して44年、とうとうこの日を迎えるとは感慨深いものがある。みぞれが雪に分類されることも知らず、寒がりであるはずの沖縄人が、こんなに「雪が降る」ことに浮かれるとは。少しほほえましかった。「沖縄に雪が降った日」として、沖縄人の記憶にずっと残るんだろうな。

首里城城壁から海を望む
首里城城壁から海を望む

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 寒さがピークを迎えると言われた日、風と雨に恐れをなして、やーぐまい(家ごもり)しようと思っていたが、ネットを見ると、次々にあられ・みぞれ情報がアップされていた。うらやましい。
 せっかくだから、この記録的な寒さを味わおうと、分厚い寒々とした雲の下、首里を散歩した。首里城周辺をぶらぶらする、いつもの散歩コースであるが、もしここが一面の雪景色だったらなどと妄想しつつ歩く。思わず笑っちゃうくらい寒いが、心地よい。

久慶門のそばの湧き水
久慶門のそばの湧き水

 首里城はいくつも湧き水があるが、そのひとつ久慶門の傍らにある湧き水に寄った。水に触れてみたら意外にぬるかった。湧き水に詳しい知人によると「湧き水の水温は年間を通して一定していて、夏涼しく冬温かい」のだそうだ。瑞泉にも寄ってみた。泡盛の酒造所ではなくて龍樋(りゅうひ)のほう。水はもちろんこんこんと龍の口から流れ出ていた。こちらもぬるい。

テーブルの下のイソヒヨドリ 意外と気づかれない
テーブルの下のイソヒヨドリ 意外と気づかれない

 心待ちにしている雪は降らないが、雨が切れ切れに降ってきたので、首里杜館の中に入った。無料休憩所でゆくっていると、テーブルの足元に見慣れたシルエットを発見。イソヒヨドリである。まさかうちの……。いや違った。鳥も寒さをしのいでいるのかと思ったが、どうやらここをエサ場にしている様子で、人目を避けつつ、お客のこぼしたスナック類などをつまんでいる。
 帰りは龍潭通りを歩いたのだが、そこでアヒルたちを発見。寒くてみんな陸に上がっているではないか。ガァガァ鳴くこともなく寒さに耐えている。顔つきも厳しい……ように思えた。

龍譚のアヒルたち かたまればもっと温かいだろうに
龍譚のアヒルたち かたまればもっと温かいだろうに

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 あられがパラパラ屋根に当たる音を聞いた翌日、物干し台に出ると、サーと飛んでくるやつがいた。うちのイソヒヨドリである。あの寒さの中どうしているのだろうと思っていたが、どうやら無事やり過ごしたらしい。慌ててお米を盛ってやった。
 イソヒヨドリは、「寒かったですねー」という顔つきで、米粒をつまみ始めた。
 ほんと寒かったなー。

「寒かったですねー」
「寒かったですねー」

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この記事のライター

新城 和博

ライター、編集者

新城 和博

1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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