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勇気と希望のコーヒー【沖縄から防災を考える】

実践!防災のワザ[9]
勇気と希望のコーヒー

執筆:稲垣暁

ガレキと悲しみの街に、市民を勇気づけるコーヒーの香り…。ちょうど21年前の今ごろ、阪神淡路大震災で壊滅的な状況となった神戸の街に、所々で市民らに温かいコーヒーを無料で提供する人たちの姿があった。

おそらく、名もないボランティアたちだろう。あるいは、店が壊れ、すべてのライフラインが断たれた状況で、みんなで立ち上がるきっかけを作ろうとした店主だったかもしれない。

打ちのめされて、それでも仕事や片付けに追われる市民はもちろん、復旧作業や遠くからボランティアでやって来てくれた人の心と体を温めた。

あの一杯で、どんなにか自分も頑張ろうと思ったことだろう。日常を取り戻すことの大切さに気付かされたコーヒーでもあった。

東日本大震災の被災地でも、避難所などでコーヒーを出す人たちをよく見かけた。

石巻市立中央公民館避難所では、毎日の昼食時に避難所カフェのオープンを告げる放送が鳴った。避難生活者で、店舗が津波で破壊されたため営業を断念した老舗コーヒーショップの老あるじに、支援に奔走する公民館スタッフが「もう一度ここであのコーヒーをいれてください」と頼み、実現したのだ。

サイホンは震災を経験した兵庫県のボランティアが直接持ってきた。豆や水も全国から贈られたもの。震災前の店と変わらないよい香りに、部屋にこもっている人たちや不活発症になりがちな高齢者も出てくるようになった。避難所住民に、コーヒー講座も行われた。

ここでも、コーヒーの香りと関わった人たちの温かい思いが、悲惨な状況にあった避難所をぬくもりと笑顔の場所に変えていった。 

「こんな時やからこそ、おいしいもんを飲んだら心の底から勇気が湧いてくる」。あの冬の日に、そう話してくれたおばちゃんの顔が忘れられない。

ボランティアが街角でふるまったコーヒーは、復興への1杯となった=阪神淡路大震災発生から2週間後の神戸市内(1995年2月)
ボランティアが街角でふるまったコーヒーは、復興への1杯となった=阪神淡路大震災発生から2週間後の神戸市内(1995年2月)

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理科実験の感覚で防災備蓄

大災害時、ライフラインが壊滅すると「火」も「灯」も困る。マッチやライターを持つ人が減るからだ。備蓄で忘れやすい物でもある。そこで、理科実験を楽しむつもりで備品に入れておくと便利な物を三つ。

まず、スチールたわしと乾電池。たわしを長さ30センチくらいのひも状に伸ばし、端と端を電池の両極に付けると、電極に小さな火がつく。この火を、牛乳パックを短冊状に切った「紙ロウソク」に移せば、縦5×横1センチで1分間燃える。さらに備蓄の定番であるツナ缶を少し開け、ティッシュ1枚を半分に切って丸めた芯を入れてこの火を移すと、商品名よろしく「ライトツナ缶」となる。応急用なので、あくまで遊び心の実験感覚で。

ツナ缶を利用したランプ。緊急時の明かりになり、使命を終えたら中身をおいしくいただく
ツナ缶を利用したランプ。緊急時の明かりになり、使命を終えたら中身をおいしくいただく

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沖縄国際大学特別研究員の稲垣暁氏

いながき・さとる
1960年、神戸市生まれ。沖縄国際大学特別研究員。社会福祉士・防災士。地域共助を専門に東北や神戸との交流を続ける。


<実践!防災のワザ>
沖縄タイムスの副読紙/毎週木曜日発行・週刊ほーむぷらざ「第1489号2016年1月28日紙面から掲載」

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