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北谷運動公園前バス停が語る まちの記憶【沖縄・北谷町】

「北谷運動公園前バス停が語る」まちの記憶 Vol.26

美浜エリアの成り立ち示す

今回は、北谷町美浜にある「北谷運動公園前」バス停を取り上げます。これまで、当連載では古くから街に残るものなどを取り上げてきました。この新しい街のどこに、街の記憶が隠されているのでしょうか。

<1> 北谷運動公園前バス停美浜付近の交差点。ここでバスの路線が二手に分かれる。バスの背後にマンションやショッピングセンターが見える。このバスをはじめ、日中以降のバスは、商業施設が並ぶアメリカンビレッジを経由する。奥に向かって直進する道が「北谷運動公園前」バス停を経由する道路
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北谷運動公園前バス停美浜付近の交差点。ここでバスの路線が二手に分かれる。バスの背後にマンションやショッピングセンターが見える。このバスをはじめ、日中以降のバスは、商業施設が並ぶアメリカンビレッジを経由する。奥に向かって直進する道が「北谷運動公園前」バス停を経由する道路

美浜は、近年に開発された新しい街です。1981(昭和56)年に米軍の射撃場であった場所の返還を受けて開発が始まりました。埋め立てや区画整理をへて、88(昭和63)年に北谷公園が開設されると、陸上競技場や野球場が整備されます。98(平成10)年には商業地として開発されたアメリカンビレッジに大型ショッピングセンターが開業すると、美浜は北谷町のみならず、中北部一帯の人の流れを大きく変える街となりました。

このように美浜の開発が徐々に進み、人が集まる場所となると、それに合わせてバスの路線も開設されバス停も設置されました。この地区の地図を見ると、今回取り上げる「北谷運動公園前」と海側に位置するショッピングセンターの前に「アメリカンビレッジ南口」2カ所が設置されています。

この両方のバス停をよく見ると、少し不思議なことに気づきました。「アメリカンビレッジ南口」はその名の通りアメリカンビレッジの南側にありますが、同時に北谷公園のすぐ側に位置しています。しかし、公園の最寄りであるような名称の「北谷運動公園前」のバス停は、公園から駐車場を挟んだ道沿いに置かれています。

では、なぜ公園前を名乗るバス停の位置が入れ替わっているのでしょうか。それはまさに、この街が徐々に開発されていった経緯がそのままこのバス停の位置と名称に現れているのです。

手元にある過去の路線バスの時刻表を調べると、96(平成8)年の段階ですでに美浜にバス路線が開設され「北谷運動公園前」が置かれています。埋め立て地がアメリカンビレッジとなって商業施設が建ち並んだ後、2002(平成14)年の時刻表を見ると、さらに海側に路線が延び「アメリカンビレッジ南口」が置かれました。

街に初めてバスの路線が開設され、「北谷運動公園前」バス停が置かれたころ、美浜はまだ開発中の埋め立て地に公園だけが存在する状態で、公園だけが名付けられる存在であったのでしょう。その後、街の開発が進み、より公園に近い位置にバス停が置かれても、名称はそのまま変更されることなく今に至っています。

バス停は一見すると何げない存在ですが、美浜のように新しい街であっても、街の成り立ちを語ってくれるのです。

<2> 「北谷運動公園前」バス停。北谷公園(運動公園)は、正面奥のホテル左手に位置している。決して遠い距離ではないが、水路や植え込み、駐車場を挟んで、このバス停から公園を見通すことはできない
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「北谷運動公園前」バス停。北谷公園(運動公園)は、正面奥のホテル左手に位置している。決して遠い距離ではないが、水路や植え込み、駐車場を挟んで、このバス停から公園を見通すことはできない
<3> 「アメリカンビレッジ南口」バス停。停車しているバスの右手がショッピングセンター。奥に見えるアーチが北谷公園の入り口。こちらの方が北谷公園に近い
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「アメリカンビレッジ南口」バス停。停車しているバスの右手がショッピングセンター。奥に見えるアーチが北谷公園の入り口。こちらの方が北谷公園に近い
<4> 北谷公園。陸上競技場、野球場をはじめ、さまざまなスポーツに対応した施設が置かれている。美浜地区で最初に整備されたのが、この公園
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北谷公園。陸上競技場、野球場をはじめ、さまざまなスポーツに対応した施設が置かれている。美浜地区で最初に整備されたのが、この公園
<5> 白比川に架かる美浜橋付近から、美浜地区の最南部と国道58号に架かる橋を眺める。美浜の埋め立てとその後の街並みは、かつての面影をまったく残していないが、白比川の河岸と国道58号の橋だけは位置が以前と変っていない
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白比川に架かる美浜橋付近から、美浜地区の最南部と国道58号に架かる橋を眺める。美浜の埋め立てとその後の街並みは、かつての面影をまったく残していないが、白比川の河岸と国道58号の橋だけは位置が以前と変っていない

北谷運動公園前バス停周辺の地図

<北谷運動公園前バス停周辺の地図>

美浜付近の地図。「北谷運動公園前」バス停よりも「アメリカンビレッジ南口」バス停の方が、公園に近い位置にあるのが分かる。アメリカンビレッジの開業以降、海側の道がバス路線のメーンとなり、「北谷運動公園前」は早朝に数本のバスが通るのみとなった。かつての海岸線はまったくといっていいほどに名残をとどめておらず、現在の美浜地区のほとんどが埋め立てによって造成された街であることが分かる


<まちあるきライター>
一柳亮太(ひとつやなぎ・りょうた)

 1978年、神奈川県出身。大学で地理学を専攻し、離島に暮らす人々の生活行動を研究。まちや地域をテーマにしたワークショップやプロジェクトを運営する傍ら、まちあるきライターとしても活動。

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毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞「第1417号2013年2月15日紙面から掲載」

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