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地域の味は希望と復興の光【沖縄から防災を考える】

実践!防災のワザ[11]
地域の味は希望と復興の光

執筆:稲垣暁

岩手県大槌町の柏崎製麺は、60年前から地域で愛されてきた「まちの麺」。細くてコシがあり黄色く縮れた中華麺や、やや太めの焼きそば麺などを一家で作ってきた。5年前、小さな工場は大津波にのみ込まれ、働いていた親族5人が犠牲になった。

亡くなった社長の弟夫婦で、命を取り留めた柏崎信雄さん・千世さんは絶望で廃業も考えたが、全国の同業者からの支援を得ながら懸命に努力し、震災からわずか半年で奇跡的に復活した。工場は、津波で破壊された住宅の一角に小さいながら再建した。中古の製麺機が格安で寄贈されたことが大きかったそうだ。

水産業で栄える大槌町は、住民の多くが暮らしていた地域がほぼ壊滅した。住民死亡率は被災地で最も高い。見渡す限りガレキの町で、避難所や壊れた建物で暮らす人たちの「震災前のあの味を食べたい」という声が強い後押しとなったという。岩手県沿岸地区では、その土地の海産物を入れた「磯ラーメン」が地域食として親しまれている。麺の復活は、多くの人に希望を与えた。

食べることは、生きること。生活再建は、「食」なしにはありえない。しかも、そのまちで育まれ愛された食べ物をいただくことが、「このまちを絶対によみがえらせる」という強い信念と喜びにつながる。商店やスーパーが再開し、震災前と同じ食品が並ぶことがどれほどうれしいことか。口コミで商店が再開したという話が伝わってきた時、震災前によく買っていた地元の漬物を店で発見した時、悲しいことばかりの日々でようやくわずかな光が見えた気がするものだ。

年3回訪れている大槌で、昨年は実家が沖縄そば店をしている学生が同行、自家製沖縄そばを贈って「麺交流」した。幸せを運ぶ黄色い麺は、大槌の人たちにとっての希望だけでなく、遠く離れた人とも長くつながる一筋の光に見える。

製麺所で、右端が柏崎千世さん、左は筆者と沖国生2人。麺を取り寄せ、沖縄国際大学の福祉イベントで販売することも。
製麺所で、右端が柏崎千世さん、左は筆者と沖国生2人。麺を取り寄せ、沖縄国際大学の福祉イベントで販売することも。

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日常を取り戻す 焼き鳥の煙

大槌町では店もほとんど失われた。その年の12月、仮設商店街がスタート。店の再開を喜ぶ客、店で再会した知人と生存を喜び合う客など、希望の光となった。焼き鳥「七福」を切り盛りする小川勝子さんは、妹と家を失った。絶望のふちにあった勝子さんが妹の小さな店を引き継いだのは、悲しく悔しい思いが前向きに生きる力を導いたから。高齢で足が悪いが「仮設住宅から通うのはいい運動になるし、お客さんと話すと元気になる」。震災前は日常だった焼き鳥の煙とよいにおいに、このまちでがんばろうという気になった、という声を何度か聞いた。

「妹より年上で、しかも海に近い所にいた私が生き残った。悔しさが、震災後に店を継ぐ力になった」と小川さん。
「妹より年上で、しかも海に近い所にいた私が生き残った。悔しさが、震災後に店を継ぐ力になった」と小川さん。

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沖縄国際大学特別研究員の稲垣暁氏

いながき・さとる
1960年、神戸市生まれ。沖縄国際大学特別研究員。社会福祉士・防災士。地域共助を専門に東北や神戸との交流を続ける。


<実践!防災のワザ>
沖縄タイムスの副読紙/毎週木曜日発行・週刊ほーむぷらざ「第1493号2016年3月24日紙面から掲載」
本連載は終了

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