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首里劇場にやちむんを観に行く マチネーとまち歩きの巻【コラム・ごく私的な歳時記】

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新城和博の「ごく私的な歳時記」<17>
首里劇場にやちむんを観に行く
マチネーとまち歩きの巻

首里劇場で、昔からの知り合いである奈須重樹さんのグループ「やちむん」が、結成25周年記念のライブをやるというので、連休初日、観(み)に行った。昼夜2回公演の昼の部、マチネーだ。

首里劇場は、県内最古の映画館として有名である。築60年以上を経ていい具合に古びた佇(たたず)まいは、沖縄の戦後史を彩る建物といっていいだろう。首里大中町の住宅地の真ん中にある。首里の端っこに位置する僕の家から、散歩がてら歩いていくのにはちょうどいい距離だ。首里の戦前の民俗地図をコピーしてポケットにしのばせて、出発した。

首里は旧那覇と比べると、比較的昔の道筋をたどりやすい。ここ数年、モノレールの工事に伴う道路拡張などにより、だいぶ印象が変わったところも多いが、首里城を取り囲む住宅地の路地や坂道は、いにしえの道筋をだいぶ残している。

川に沿うと道はまがる、首里駅近く/左写真。川は隠れている/右写真
川に沿うと道はまがる、首里駅近く/左写真。川は隠れている/右写真

今回はできる限り川沿いを歩くことにした。真嘉比川の上流、という感じか。住宅地の中を隠れるようにして流れているので、注意してたどらないと気がつかない。暗渠(あんきょ)となっているところも多い(暗渠を探し当てるとなぜか少しうれしくなる)。

首里の町の斜面は、川が琉球石灰岩を浸食してできたものだそうだ。河岸段丘というやつだ。真嘉比川の上流は、モノレール首里駅を越えるとぐんと深い谷間を形成しているのだけど、住宅が密集しているので、そのクネクネと蛇行している姿は道路沿いからはほぼ分からない。普通に歩いてもたどり着けない。最後はひとんちの玄関先へと続いて行き止まりというのが多いのだ。

谷間へと続く排水溝兼路地/写真左。排水溝と石畳の競演/写真中央。谷間の廃墟/写真右。
谷間へと続く排水溝兼路地/写真左。排水溝と石畳の競演/写真中央。谷間の廃墟/写真右。

これだけ住宅と接していると、都市河川の特徴である生活排水が流れ込んできて、水質はあまり良くない。生活臭がぷうんとしてくる。しかし見た目はそれなりに情緒があり、かつワイルドなのである。ジャングルを思わせるような樹木が生い茂っているなか、廃虚と化しているアパートがあったりする。いちいち谷間の横道を下りていってそうした建物や川筋を確認していると、散歩というより探検に近くなる。このくらい急角度の斜面に形成された住宅地域というのは、たぶん戦後のことではないだろうか。

小さな公園に遊具はもうほとんどない。
小さな公園に遊具はもうほとんどない。

民俗地図に「○○御殿」の表記が目立つようになると、同じ川沿いでも開けた感じになってくる。ぽつんぽつんと残る石垣の名残から、かつてあった首里士族の屋敷跡を妄想する。20年ほど前、首里に引っ越して最初に住んだのがこのあたりである。娘を連れてよく遊びにきた小さな公園が、暗渠の上にあることを、改めて確認する。当時はブランコや滑り台、ギッタンバッコン(シーソーのこと)などの遊具があったけれど、きれいさっぱりなくなっていた。さびて壊れて危険ということで撤去されたのだろう。そのすぐ傍らにあったお風呂屋さんの跡地は普通の住宅になっているが、民俗地図で見たら「首里焼窯跡」とある。焼き窯から風呂釜へ変わったのか……。

ハッと気付いたら散歩は1時間以上たっていた。やちむんのマチネーの時間が迫っているではないか。川を少し離れて、儀保大通りの知念商店で買った缶ビールを飲み、汗を入れて、目的地の首里劇場へと少し急ぎ足で向かったのであった。

やちむんのヒット曲「一生売れない心の準備は出来ている…」
やちむんのヒット曲「一生売れない心の準備は出来ている…」

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この記事のライター

新城 和博

ライター、編集者

新城 和博

1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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