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安謝の片隅で【コラム・ごく私的な歳時記】

新城和博の「ごく私的な歳時記」<18>
安謝の片隅で

休みの日、学生のころは、何もしなくて1日家でボーっとしていた。とぅるばるのが大好きだった。しかしオトナになり、しかも壮年というライフステージへの階段が見えてきたりすると、このまま何もしなくて1日送っていいのだろうかと、ソワソワするようになった。静かに本を読んだり、平日の仕事中にあれほど望んでいる「昼寝」でもすればいいのに、できないのだ。気がついたら家を出て一人、街を放浪している。趣味としてのまち歩きは「旧那覇」を中心とした、自分なりに目的のあるものであったが、最近はただ歩くだけ、ということもしばしば。いつもは車で通りすぎる街角を放浪気分でさまようようになった。

花いっぱいの横道
花いっぱいの横道
むらの井戸は大切につれている
むらの井戸は大切につれている

傘を持ちながら安謝界わいを歩いたのは、いつの日曜日だったか。旧真和志村地区は、意外と戦前の名残を残した道や集落があるのだが、安謝もそうだった。今は那覇の端っこという感じであるが、昔は真和志村の端っこだったのだ。安謝川を北側に背にした斜面に、もともとの集落がある。いわゆる河岸段丘なのだろうか。今は国道58号でビュンと横目で通り過ぎるだけで、安謝のイメージというと、埋め立てられた安謝港(那覇新港)あたりを思い浮かべるに違いない。しかし、もともとあった安謝の集落は、じっくり歩いてみたら、なかなか味わい深いところだった。 

この段差がたのしい
この段差がたのしい

そもそも斜面に形成されている集落は面白いのだ。那覇市だと、小禄とか安里とか、首里とか繁多川とか。住宅地といえども起伏があり、かつての土地のありさまが想像できるからだ。斜面をうまく利用した立地の家並みに沿って歩いていくと、思わぬ眺望が開けたりする。斜面の一番上から尾根線上に沿った横道をたどりつつ、適当に縦の筋道を降りていく。あみだくじをしているような感じで、ぶらぶら歩けるのが面白い。小さな森と御願所、そして廃虚のアパート。ゆっくり歩かないと分からない時の重なりを感じさせる風景に次々と出会った。

慰霊の碑があった
慰霊の碑があった
廃墟にひかれてしまう
廃墟にひかれてしまう
洒落たアーリーアメリカンなパーラー
洒落たアーリーアメリカンなパーラー

安謝は戦後できた米軍のマキミナトハウジングエリアと隣接し、それなりににぎわいを見せた商店街が形成された。復帰前後、軍作業をしていた親戚が安謝に住んでいたのでよく遊びに行ったのだが、一号線(現、国道58号)沿いのバス停から歩道のあるトンネルを抜けて、その商店街の通りへたどりついた微かな記憶がある。あのころ、住んでいた開南から安謝は遠かった。

知る人ぞしるワイン屋さん(今は国道沿いに異動した)
知る人ぞしるワイン屋さん(今は国道沿いに異動した)

あみだくじ道(新城命名)をたどり、その名残を求めて歩くと、なんとなくこのあたりかな、という通りに出た。住宅地と商業地域が自然に一体化していた時代、と書くと小難しい話になりそうだが、昔は那覇のあちこちに小さな商店街通りがあったでしょう? 安謝はまだその名残があったので、ついうれしくなって、国道58号下のトンネル(あるのだ!)を抜けて、さらなる安謝探訪は続いた。あの日、昼寝したらきっと安謝の魅力を知らないままだったに違いない。われながら、なんで今、安謝なのだろうと思いつつ……。

トンネルにはハーリー
トンネルにはハーリー

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この記事のライター

新城 和博

ライター、編集者

新城 和博

1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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